隠れた名曲『雨の降らない星では愛せないだろう?』の記憶
8月4日放送のNHK特別番組 『いのちのうた』でモーニング娘。'15が披露した楽曲『雨の降らない星では愛せないだろう?』は、ファンにとって思い入れの深い楽曲です。
この曲が、モーニング娘。およびハロープロジェクトとどのような関わりあいがあるのか、生い立ちなどを振り返ってみます。
※この投稿は、モーニング娘。'15が出演した番組『いのちのうた』に関する投稿に付随したサブエントリーになります(一部重複)。
楽曲の生い立ち
初披露は2008年夏のハロコンでした。
当時、アップフロント自前の動画サイト「Dohhh UP!」で見て、コンサート終盤は盛り上がる曲が続いたはずなのに、最後は少年少女合唱団みたいだなあ……と、正直、清々しくも淡々とした印象を受けました。
つんく♂Pらしい濃い味付けの曲ではなく、ピアノの伴奏のみでダンスもなく専用の衣装もありません。中国語の歌詞もあることからこれからの海外活動で「世界はひとつ」みたいなメッセージを与えるテーマ曲になるのかなあぐらいの印象でした、この時は。
しかしながら、つんく♂Pがツアーを振り返って、自身のブログにはこのように記しています(たしか、だいぶ後に読みました)。
今回の作品はラストの未発表曲でファンの皆さんにどんな
心のオミヤゲをもって帰っていただくことが出来るかということだと
思っていました。よって、心のオミヤゲとして、ラストナンバーに、
私の心ばかりのこだわり曲を用意させて頂き、
ハロー!プロジェクトからのメッセージとさせていただきました。
/夏ハロー終えて。|つんく♂オフィシャルブログ 「つんブロ♂芸能コース」 powered by アメブロ(2008.08.04更新)
この歌を「オミヤゲ」と表現しています。
つまり、お店がお客に御土産を包んで味付けを憶えていてもらえるように、これからのハロープロジェクトがどういう集まりなのか、こういうモノ作りをしていくので来年もまた観に来てくださいねという、いわゆる「名刺代わり」の一曲にしたい思いだったわけですね。そこで彼が届けたかったのは、何の味付けもせずシンプルに、若いメンバーたちの歌声そのものでした。
ちなみに、この少し前につんく♂Pの第一子(といっても双子ちゃんですが)が生まれています。わが子の誕生で生と死に対する感情が研ぎ澄まされた時期に作られています *1 。当時の繊細な感情は、中澤裕子をはじめとする当時の「エルダークラブ」メンバーが2009年3月いっぱいでハロープロジェクトを卒業し、ハロープロジェクト全体が若返る上で、今みんながつながっていることの大切さを確認できるよう、その気持ちを歌詞にこめるに至ります。
このオミヤゲは、それ以降、リニューアル後の若い素材が成熟していく様子を見守るための重要なアイテムになっていくのでした。
楽曲のテーマ「ファミリー」
この楽曲の特徴は、つんく♂Pの「雨を受け入れる」という思想にあります。
悲しい出来事、別れ、争い、それら心の「雨」は出来れば避けたいものです。しかし、例えば「別れ」という悲しみが「出会い」という幸せと必ずセットであるように、「雨」は必ず存在するものです。
都会での暮らし 便利さの中にある孤独な感じ
夢の中の夢 現実が心の邪魔をする
便利すぎれば空いた心の隙間に虚しさが生まれる。夢ばかりを追っても、現実の世を生きる限り常に不満はつきまとう。排除するのではなく受け入れることは出来ないだろうかという問いかけのきっかけです。
分かち合うしかない すべての生命(いのち)
ネガティブなものを無くすことは出来ないのだから、仲間と助けあって分かち合って、未来を見据えて共に乗り越えていこうという共存の気持ちが込められています。
そこで、「家族」の存在が大切になってくるのですね。初披露の翌年、2009年春にリリースされたモーニング娘。のアルバム『プラチナ 9 DISC』に収録された際、ライナーノートの中で、テーマを「ファミリー」と語っています。
昨年の『ハロー!プロジェクト2008夏~避暑地でデートいたしまSHOW!~』のライブで発表以来、約一年かけて温めてきた曲です。
テーマは「ファミリー」
家族という意味でもあり、地球全体で生活する人すべてを指してもいるつもりです。
/モーニング娘。 3/18発売 アルバム 「プラチナ 9 DISC」 M1~M4|つんく♂オフィシャルブログ 「つんブロ♂芸能コース」 powered by アメブロ(2009.03.19更新)
子を持つ親になったつんく♂Pが思いを新たに曲作りに臨んだ結果、仲間を迎えたり見送ったりと移ろいゆくハロプロに大切なつながりが透けて見えてきます。
特別な楽曲は、数多くのスター選手が集まるエルダークラブの卒業公演でも、横浜アリーナのステージに79名、結成当時のメンバーからハロプロエッグまで、当時の「家族」みんなで大きく広がって歌いました。
ーー公演の1曲目、横浜アリーナの長方形の敷地の長いほうの辺に設置されたステージにも乗り切らない大人数が全員で合唱した。
/Hello!Project 2009 Winter ~決定!ハロ☆プロアワード'09 エルダークラブ卒業記念スペシャル~(2009.02.01)
世代の移り変わりの瞬間、当時の「ザ・ハロプロの曲」であった『ONE FOR ALL & ALL FOR ONE!』が表のワイルドカードならば、『雨の降らない星では愛せないだろう?』は裏のワイルドカードとして位置づけられていて、それぞれコンサートの結びとハナに用いられました。並べてみると、どちらもつながりを意識したり未来志向であったり、ハロプロに普遍の楽曲だなあとあらためて思います。
これらを経て、上に引用したようにモーニング娘。のアルバム曲としてリリースされるに至りました。
番組中、鞘師はこの曲についてこのように説明しています。
鞘師「モーニング娘。は何度もメンバーを入れ替えて活動してますが、歴代メンバーみんなが大事にしてきた曲です。つんく♂さんの思いと私たちの平和への願いを込めて歌いたいと思います。」
また、中国語歌詞パートを担当したリンリンは、今でもこんな風に話します。
ナレーション「When Lin-Lin goes out, there's the one place she always stops.(リンリンが街で必ず立ち寄る場所)A favorite CD shop.(それはCDショップだ)」
リンリン「最初に(お店に)入ってモーニング娘。探しちゃうんです。なんだろう、この習慣。アハハ。自分の家の妹たちが、CD出たみたいな感じで嬉しいです。とにかく嬉しいです。」
/『J-MELOスペシャル What is Love? 世界と作ったナンバーワンヒット』(NHK-BSプレミアム、2014.07.06放送)
※リンリンは、卒業時のメッセージで、ファンは「家」を作ってくれた、自分は一人っ子政策の時代に生まれた一人っ子なのでモーニング娘。は「姉妹」が出来たようだったと話している。
正に、「ファミリー」のつながりを実感する、意味合いの深い特別な歌なのですよね。
こうして番組と楽曲の両方のテーマを考えると、『いのちのうた』で娘。が歌うとしたら、この曲しか有り得ない。むしろ、この曲があるからこそオファーがあったのではないかとさえ思います。
モーニング娘。のいのちを救った
ファンもメンバーも大切にしているこの楽曲ですが、グループ名と曲名で検索すると、舞台と客席が一体となる数年前の動画が見つかるかと思います。
これは2009年春のコンサート『モーニング娘。コンサートツアー2009春 ~プラチナ 9 DISCO~』の、5月10日夜のファイナル公演のものです。
かつてファンや世間との信頼にヒビが入るような出来事があり、そこから再スタートを切った当時の体制が2年間かけて作った結果でした。
もはや世間はモーニング娘。が活動していることすら知らず、掲示板は毎日のように「終わりの始まり」と終末論を語り、「解散するかも」ではなく「いつどのように解散するのか」がもっぱらの話題でした。解散、すなわち、キツい言い方をすればモーニング娘。の【死】を覚悟するような気持ちで見守っていました。
そんな状況下、とにかく謙虚に、基本に戻って、自分たちのホームであるコンサートを見つめ直し、歌とダンスのレベルアップに注力すること決めた彼女たち。体力・筋力をつけて、過去の曲を網羅して、海外でも沢山歌って、1年半かかった2008年秋ツアーの『青空がいつまでも続くような未来であれ』では、会場中が一緒に歌って踊って盛り上がる様子が見られます。
この頃、後に「プラチナ」と語られる彼女たちはようやく自分たちがやりたいことをやっている実感を得てきたといいます。
ーーメンバーが一様に9人のモーニング娘。が当たり前になってきたと語る。
田中「今の印象が一番強いかもしれないです、れいな、6年間の中で。(中略)モーニング娘。といえば今の9人がバーンと浮かんでくるというか、今の9人での思い出が一番強いかもしれないです。」
道重「なんかもう、この9人が当たり前になっちゃってますね、自分の中で。(中略)ずーっと一緒にいるので、これからもずっと一緒にいれるって気分になっちゃうんですよね。自分がここにいて気持ちいいので、大好きですね。」
/MORNING MUSUME DVD MAGAZINE Vol.24
そこから、エルダークラブの卒業を経て迎えたのが2009年春ツアーでした。高橋愛のスローガンである「アットホームな体制」が色濃くあらわれ、今では当たり前の「凱旋公演」に新鮮味を感じたり、ガキさんが自信をもって「楽しかった人~?」(→客席「はーい!」)をやるようになったり、ファンとの距離がグッと近づきます。
ツアー序盤は前のツアーと似たような構成だという感想が多く聞かれていたのに、後年このツアーが評価されることになるのは、『SONGS』に象徴されるカッコ良さ以上に、コンサートの雰囲気づくりの面で、モーニング娘。の「型」が出来たのだと感じられたからかもしれません。
そんなツアーで、満を持して、ファンに向けてガキさんが仕掛けます。
この大合唱は、一発勝負だったといいます。つまり、例えば最近の『Happy大作戦』や℃-ute『我武者LIFE』のようなツアー中にファンが徐々に作り上げたものではなく、ガキさんのきっかけ一つで、それは出来上がります。
ーーアンコール明けのMC後、オーラスの曲名を言う前にさらりと語りかける。
新垣「それでは、最後の曲。みんなで一緒に歌いましょう。」
当時レポを見ていても、「えっ」と思った人も多かったようです。しかし、ここまでついてきたファンは皆、自然と呼応します。サビを一緒に歌う程度だったところを、この時ばかりは歌い始めから大合唱。
ーーものすごい共鳴に、亀井の目には早々に光るものが。
ーー同じく道重。
ーーマイクを預ける田中。
ーー歌い終え、我が意を得たりと観客へ拍手を送る軍師・新垣。
ーーおとぎの国に来たような高橋の笑顔。
この時、この時間を共有したファンは、世の評判がどうあれ、このまま進めばいいと確信したのではないでしょうか。
このツアーの後、米L.A.のAnime EXPO 2009に向かいます。テーマ曲となった『3,2,1 BREAKIN'OUT!』を初めて聴いた時、モーニング娘。が日本のポップカルチャーを伝えるアイコンになるのもいいかもね、ってなんとなく肩の力が抜ける思いだったのを憶えています。
自信をつけた彼女たちはEXPOで熱狂的に迎えられました。その後も掲示板に「終わりの始まり」の書き込みは続きますが、過去にこだわらず謙虚に取り組んできた娘。の活動が目に見えて動き始めたのだと、今は冷静に振り返れます。
思えば、エルダー卒業の送辞で、愛ちゃんが大見得を切った時には目を覆うような気持ちだったけれど、本気だったのですよね。。
高橋「先輩たちの結果を塗り替え、この先に入ってくる後輩たちの目標になるようなハロープロジェクトにしたいと思います。ですから、みなさん安心して卒業してください。後輩たちも意外とやるねというところをお見せ出来るはずですから。
たしかに、こうやって一緒にお正月や夏のコンサートを出来ないのはちょっと寂しいけど、つんく♂さんなら、そのうち現役組・卒業組の合同ライブとかやりそうなので(笑)、その時に、私たちの実力をまた再確認してください。」
/Hello!Project 2009 Winter ~決定!ハロ☆プロアワード'09 エルダークラブ卒業記念スペシャル~(2009.02.01)
※今あらためて聞くと、すべて叶えていることが分かる(「合同~」はカウントダウン等)。この時、どれだけのファンが、そんな未来を信じていただろうか。。
今に至るモーニング娘。に【いのち】をつなげられる兆しが見えたような、そんな象徴がこの曲の大合唱でありました。
モーニング娘。に新しいいのちを吹き込んだ
そうはいっても、次々とフレッシュなアイドルが世に出て、掲示板で延々と語られ続ける終末論。そこにようやくひとつ風穴を開けたのが、9期メンバーの加入です。言葉が汚いですが、「ヲタが堪え切ったよ!」と思ったのをよく憶えています(笑)。
正直、人気アイドルが沢山いる中、珍しい子どもたちも居たもんだ……という思いでしたが、加入後のフレッシュな活躍と、明らかに新章の始まりを告げる『まじですかスカ!』が披露されると、ファンはようやく再び血が巡ってくる思いになったのでした。
ここで入ってきた彼女たちは、後に当時を振り返りこのように語っています。
鞘師「私たち(9期)4人は特に、モーニング娘。の大ファンだったんですよ。そんな中で飛び込んだというか、私たちが観てたモーニング娘。は本当に格好良くてアイドルの中でも歌とダンスがずば抜けてるなあと思って私たちは観てて…」
珍しい子たちだと笑っていましたが、ちゃんとプラチナを知っていたのだと後に分かってきます。自らスキルアップの道を切り拓いたモーニング娘。や当時のライブ、そして『雨の降らない星では愛せないだろう?』の魅力にも惹かれていました。
ーー自分の好きな曲を紹介する企画で『雨の降らない星では愛せないだろう?』を選んだ鞘師・鈴木・石田の3名(他は一曲1名ずつだった)。楽曲を聞くと過去のコンサートを思い出し、リンリンの歌唱に高まるという。
/【モーニング娘。'14】がニコニコにやってきた 初の全員集合ニコ生特番 byうたパス(ニコ生、2014.03.12配信)
すなわち、この楽曲は新しい【いのち】をも生んだと言えると思うんです。
歌に惹かれてこの世界に飛び込んできた彼女たちにとって、自分たちがイイと思うその歌を披露することは夢のようなことです。ましてや、広島生まれの鞘師にとっては、子供の頃から教室で学んできた意味のある場所で気持ちの入る歌を歌うことは、あらためてこのグループに居ることの意味を実感させられる経験だったのではないでしょうか。
グループの歴史を振り返り、『いのちのうた』という番組に出演する上で、この曲は必然であったと思います。よくぞ選んでくれたという思いがやみません。
*1:前後の更新を振り返ると、大きな歓びに包まれる一方、飼っていた金魚への無念が1回の更新で収まらなかったりしています。